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横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)1148号 判決

理由

破産会社が昭和三十年十二月二十二日午前九時三十分横浜地方裁判所において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたこと、破産会社が横浜西部運送から昭和二十八年十一月以降昭和二十九年に至るまでの間十七回にわたり車輛購入資金又は運転資金として合計金三千四十万円を借受け、右借受の都度同会社に対し右債務弁済乃至支払保証のため約束手形を振出し、以後概ね六十日ごとに手形の書換をしていたこと、破産会社が昭和二十九年十一月二十六日横浜西部運送との間に破産会社の貨物自動車運送事業を代金四千五百万円で横浜西部運送に対し譲渡する旨の契約をなしたこと、昭和二十九年十二月三十一日破産会社と横浜西部運送との間の合意により右譲渡代金債権の内金九百六十万円と横浜西部運送の破産会社に対する債権合計金三千四十万円の内金九百六十万円(相殺に供された債権が貸金債権か約束手形債権かについては暫らく措く)とを相殺したこと、右債権の残額金二千八十万円については昭和三十年一月三十一日破産会社が東京急行からの借入金によつて横浜西部運送に対しこれを弁済したことはいずれも当事者間に争がない。

そして、(証拠)を綜合すれば、破産会社は貨物自動車運送事業、通運事業及びその附帯事業を目的として昭和二十三年四月一日に設立され、昭和二十八年当時資本金額金二千六百万円、発行済株式総数五万二千株であつたものであるが、昭和二十六年下半期頃から営業不振に陥り、昭和二十七年中には不渡手形を出して銀行から取引停止処分を受け、以後も業績が振わず決算期ごとに欠損を重ね、昭和二十九年九月末の決算期において貸借対照表に計上された欠損金は約金八千四百万円で、さらに流動資産中の不良資産及び未収収益の内回収不能のものを控除すれば、右決算期における実際上の欠損金は少なくとも一億五千万円に達し、かつ債務超過となり、この頃には会社の業績の好転は全く望みえない状態に立ち至つていたこと、そこで破産会社では昭和二十九年九月二十日の株主総会における決議を経たうえ、訴外厚木通運株式会社に対し破産会社の通運事業に関する営業権及び資産を代金七百万円で譲渡し、さらに同年十一月二十六日の株主総会における決議を経たうえ、前記のとおり横浜西部運送に対し破産会社の貨物自動車運送事業の全部を譲渡する旨の契約をなし、同時に破産会社の従業員の殆んど全部を横浜西部運送に新規採用の形式で引き継ぐこととし、右譲渡等の手続一切をおそくとも昭和三十年四月頃までに完了したこと、右譲渡契約の結果破産会社は従来の営業を継続することは不可能となり同年二月四日右貨物自動車運送事業の廃止許可を受けたうえ、同月二十一日の株主総会決議により解散したことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の諸事実と前記当事者間に争のない事実とを綜合すれば、破産会社と横浜西部運送との間の前記事業譲渡は破産会社の経営の継続が不可能となるに至つたことに基因するものであり、右譲渡契約自体破産会社の事業廃止及び解散を予定した一種の財産整理の処置と解することができるから、右譲渡契約により破産会社は黙示的に支払停止をなしたものとみるべきである。尤も、破産会社は右譲渡契約後横浜西部運送の他にも一部の債権者に支払をなしたことを認めうるけれども、右のように一般に支払をなしえない旨を表示する行為のある以上多少の支払をなしたとしても支払停止の事実を認めることを妨げないものと解すべきである。

次に、本件合意による相殺及び弁済の対象となつた横浜西部運送の破産会社に対する債権について、原告はこれが約束手形債権であると主張し、被告は貸金債権であると主張するところ、成立に争のない甲第二号証の四、同第七号証の二、証人山本正悌の証言によれば、昭和二十九年十一月二十六日以前から横浜西部運送が破産会社に対して合計金三千四十万円の貸金債権を有し、右相殺及び弁済の対象となつた債権は右金三千四十万円の貸金債権であることを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そこで、破産会社と横浜西部運送との間の前記金九百六十万円の債権、債務についての合意による相殺に対する原告の否認の主張について判断する。思うに、破産法上の相殺に関する規定は本件のごとき当事者間の合意による相殺の場合にもこれを類推適用すべきであり、又、否認権も相殺禁止も債権者間の公平、平等な弁済を害する行為の効力を否定する点においてその精神を共通にする制度であるから、合意による相殺の場合を含めて破産債権者のなす相殺が破産法所定の相殺禁止に該当しなければもはや否認に関する規定の適用を問題とする余地もないものと解すべきである。そして、本件合意による相殺は、前記のとおり、横浜西部運送が破産会社に対し昭和二十九年十一月二十六日以前に取得した貸金債権と前記事業譲渡代金債権とを対当額にて消滅させるものであり、又、特段の事情のないかぎり、横浜西部運送は破産会社との間の前記事業譲渡契約の締結、すなわち支払停止と同時にその代金債務を負担したものというべきであつて、かような場合には破産法第百四条第二号及び第三号の趣旨を類推し、同条第一号の規定を拡張して破産債権者が支払停止のあつたことを知りながら債務を負担した場合に該当するものとして、その相殺が禁止されるものと解すべきところ、債務の負担が破産宣告の時より一年前に生じた原因に基くときは同法第百四条第三号但書の規定との権衡上相殺が許されるものと解するのが相当である。本件において横浜西部運送の負担した債務は破産宣告の時より一年前に生じた事業譲渡契約に基くものであるから、本件合意による相殺は許されるものというべきであり、その他の破産法上の相殺禁止にも該当するものと認めることはできない。したがつて、原告の前記主張は理由がないものといわなければならない。

次に、破産会社の横浜西部運送に対する前記金二千八十万円の弁済に対する原告の否認の主張について判断する。(証拠)によれば、東京急行は既に昭和二十九年八月項破産会社の総株式の過半数を有し、その取締役あるいは監査役として訴外今井慶吾、同山本正鶴及び同赤川穣等東京急行の幹部社員を送込み事実上破産会社の経営権を掌握していたが、他方横浜西部運送に対してもその頃から株式所有又は経営首脳陣への自社々員の参加等の方法により事実上これを自己の支配下におくに至り、このように東京急行と破産会社、横浜西部運送との間には資本的、人的関連が存在していたこと、東京急行は破産会社から横浜西部運送に対する前記債務弁済のための資金として金二千八十万円の借入の依頼を受け、昭和三十年一月三十一日利息を日歩金三銭一厘とし、使途を破産会社の横浜西部運送からの借入金返済引当に限定して額面金二千八十万円の約束手形を振り出す方法により同額の金員を破産会社に融資したこと、破産会社は同日右約束手形を横浜西部運送に対し裏書譲渡して前記貸金債務の弁済に充てたこと、右貸金債務の利息は日歩金三銭一厘以上であつたことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで、右のように、破産者が危機に際し他人から特定の債務の弁済資金としての用途に限定して借入れた金員を以て直ちにその債務を任意に弁済した場合に、新債務の態様が旧債務の態様より重くなく、かつ弁済資金の提供者が破産会社から弁済を受けた債権者に利益を与える反面自ら危険を負担することを予知しながら資金の融通をなしたときには、実質的には破産会社の債権者が交替したものにすぎず、破産会社の財産すなわち一般債権者の共同担保には増減がなく、しかも新たな資金提供者である破産債権者に対して弁済を受けた債権者に比べ不当な不利益を与えるものとはいえない。しかしながら破産法第七十二条第二号所定のいわゆる危機否認の目的は、破産寸前の危険状態において一部の債権者だけに独占的満足を与えるような破産者の偏頗行為を否定することによつて破産手続における平等的弁済の目的を実現することにあるものというべきであり、又、たとえ破産者がその用途を弁済資金に限定して借入れた金員であつても、それが、一旦破産者の財産に帰属した以上、将来破産財団を構成し、破産債権者間に平等に分配されるべきものといわなければならない。そして、前認定の各事実及び前記当事者間に争のない事実によれば、本件弁済は支払停止後になされ、これにより独占的利益を受けた横浜西部運送が当時破産会社の支払停止の事実を知つていたことが明らかであるから、破産法第七十二条第二号により原告は本件弁済を破産財団のため否認しうるものというべきである(もつとも、証人山本正悌の証言、被告代表者の尋問の結果によれば、横浜西部運送は金融機関からの借入金により破産会社に対し前記金三千四十万円の融資をなしたことを認めうるけれども、その結果横浜西部運送が破産会社に対し貸金債権を有していたものであることは当事者間に争がなく、本件弁済が右貸金債権に対するものであることは前認定のとおりであるから、被告主張のいわゆるトンネル融資に関する事実は何ら右結論を左右するものではない)。

以上説示のとおりであるから、原告の否認権の行使は右の部分に関する限り正当であり、被告が原告主張の日に横浜西部運送を合併し、その権利義務を承継したことは当事者間に争がないから、被告は原告に対し破産会社から弁済を受けた金二千八十万円及びこれに対する右弁済の日の翌日である昭和三十年二月一日から右金員完済に至るまで法定利率による遅延損害金を支払うべき義務のあることは明かであるところ、右法定利率については、否認の対象となつた行為が商行為によつて生じた債務(商法第五百三条参照)の弁済であつたものであるから、特段の事情のない限り商事法定利率たる年六分と解すべきである。

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